網走市にある「博物館 網走監獄」へ。

明治維新後、ロシアの侵攻に備えることを目的として、北海道開拓が政府の急務となりました。
その一環として、網走と北見峠を結ぶ中央道路を開削することになり、労働力として、受刑者をあてがうために設けられたのが網走監獄でした。

この博物館は、網走刑務所の建替に伴い、不要となった施設を移築等し公開している歴史博物館で、ホンモノの網走刑務所は別にあります。
博物館入口の先にある門は、現行の網走刑務所の門を忠実に再現したものです。

公開されている建物のうち8棟は、明治期の貴重な木造行刑建築として、2016年に国の重要文化財に指定されており、哨舎や煉瓦造りの独居房、裏門等6棟は登録有形文化財に登録されています。

一番の見所は、舎房・中央見張所でしょう。

受刑者が収容される5棟の舎房(しゃぼう)が放射状に建てられていて、中央にある見張所から全てを見渡せる造りになっているのが特徴。

八角形の見張所。

各棟の通路は、採光用の天窓があり、梁を鉄筋にすることで監視を厳重にし、逃亡を防ごうとしていました。

そんな状況でも逃亡を試みる受刑者もいたそうで、これは脱獄魔と呼ばれた白鳥由栄をイメージした蝋人形。

厳寒の北海道では暖房設備は重要。
開設当初は、このように薪ストーブを置いてましたがそれでもかなりの寒さだったようです。

通路の両脇には、雑居房や独居房が並びます。
雑居房は6畳の広さに3~5名で利用。

壁の格子に特徴があり、菱形の柱が斜めに組まれていて廊下側から房の中は見えるが、房の中からは廊下を挟んだ向かいの房は見えない造りになっています。

トイレも可視化。

雑居房での食事の様子。
博物館には、蝋人形が多く置かれていますが、一つとして同じ顔はなく、今にも言葉を発しそうな表情をしていて、良く造り込まれているのを感じます。

屋外にある独立型の独居房。
規則に違反した者を閉じ込めて反省させるための房で、窓や明かりはないため中は真っ暗。
脱獄魔もここに入ったのでしょうか。

監獄内には煉瓦工場があり、刑務作業の一つとして瓦や煉瓦が自家生産され、手前にある煉瓦造りの独居房や正門・裏門等に使っていたそうです。

こちらは浴場を再現したもの。

細長い浴槽が2つあり、その間に洗い場があります。

脱衣から着衣まで15分で行い、15人単位で、手前の浴槽に3分浸かり、洗い場で3分洗い、奥の浴槽で3分浸かり、さらに奥に上がって洗顔3分が監視員の号令で行われていました。

浴槽は深さ95cmもあり、湯に浸かるときは立て膝で手を上げて入らなければなりませんでしたが、それでも受刑者にとっては最も楽しみなひとときだったそうです。

 
続いて…こちらの三角屋根の施設は、休泊所と呼ばれる仮小屋で、受刑者が監獄の外に出て、日帰りできない作業をする際に寝泊まりをした建物です。
中央道路開削工事では、延べ1,200人の受刑者が投入され、工事の進行にともない、休泊所を解体しては移動していったそうです。

中には大勢の蝋人形が就寝中。

寝ないと叱られる。

枕には丸太が使われています。
朝の起床時間になると、看守がこの丸太の端をたたいて一斉に起こされたのだそうです…。

博物館の外には「監獄食堂」という名称の食事処があります。
現在の網走刑務所の受刑者が食べているメニューを再現した監獄食メニューがあり、監獄食A(さんま定食)と監獄食B(ほっけ定食)の2種類。

こちらは、入館しなくても利用することが可能です。

他にも様々な移築物や資料、この地域の刑務所に関係する移設された施設が展示されています。
敷地は東京ドームの3.5個分に相当するほど広さがあって見応え十分なので、ゆっくり観るなら半日は確保しておいたほうがよいでしょう。

(続く)